SS:valentine/ミルク・ティー卿×ロニ
🕑 Added 2019-02-14 12:22:03 +0000 UTC
【valentine】
・ミルク・ティー卿×ロニ
老若男女―どころか種族まで問わず入り乱れるそこは街でも評判のデザートショップだ。
普段ならばシンプルで少し大人びた雰囲気を醸し出す佇まいも今日ばかりは
色とりどりの花やリボンで店内を華やかに飾りつけ、大いに客たちの気持ちを盛り上げようと演出している。
「バレンタイン」――今日は年に一度、大切な相手に感謝を伝え、気持ちを贈る日である。
そんな幸せ溢れる店内の一角に、
場に似つかわしくない剣呑な表情で俯き―悩み頭を抱えるスーツ姿の青年が一人立っている。
「くっ…!」
(何で俺はこう…勢いだけで突き進んでしまうのか…)
青年――ロニはショーウィンドウの中でキラキラと宝石のように輝くデザートに視線を彷徨わせ、
かと思えば床に視線を落とす――こんな無意味な行為を繰り替えす彼はまさしく今悩んでいた。
「バレンタイン」今日この日のために積み上がっていた仕事を必死で消化し、定時前に会社を出て態々ショップにまで足を運んだというのに。
(彼の好みが、分からない…!!)
すっきりとした短髪を手で掻きあげながら、ロニは後悔と焦りを滲ませる。
普段世話になりっぱなしの大切な相手に、今日こそはちゃんと感謝の気持ちを伝えようと勇んできたのだ、そこまでは良かった。
だがデザートッショップに入りいざ贈り物を買おう、としたところではたと気づく。
…そういえば、自分は意中の相手の「好きな物」を知らない。
深く考えず人気のデザートショップに来てしまったが、そもそも相手がデザートを積極的に食べている光景など見たことがない。
気づいた時にはもう遅い。ロニは贈り物を購入する寸前に堂々巡りに陥り、買うことも帰ることも出来ず店内で一人うめき声を上げるハメになってしまったのである。
(うう……人間相手ならまだ、きっとこんな真剣に悩む必要はなかったと思う…けど)
そう、ロニが贈りたい相手は人間ではない。
相手が人間であれば嗜好の差はあれど、ある程度万人受けを狙った品物であれば大抵の場合失敗は避けられるであろう。
しかし今回に限っては、人間目線で選んだ無難な品物で乗り切れる、とは断言できない。
彼は頭をフル回転して、感謝を伝えたい相手―猫の獣人である「ミルク・ティー卿」との過去のやりとりを思い出そうと集中する。
が、こういう時に限って思い出せる記憶はどれもこれも、相手の気遣いに甘え喜ぶ自分の…まるで大人と子供のような光景だ。
(そうだ、俺はいつだって彼の優しさに甘えてばかりなんだ)
(なんで俺はいつも…)
(そもそも心の準備が出来ていないうちにこの日が来てしまったのが……)
つい調査不足を棚に上げて、この日が訪れてしまったことを恨めしく感じてしまいそうになる。
訂正しておくと、ロニはこの特別な日を忘れていたわけではない。
ただ去年までのロニにとっては全く縁がない日だった、というだけの話だ。
―社内のカップルが贈り合っている姿を見て「ああそういえば」と思い出す。
―ショップで菓子のフェアが開かれているのを見て「たまには菓子でも食うか」と自分用に購入する。
生まれてこの方、自分は完全にこのイベントの蚊帳の外にいたのだ。
どういった贈り物をあげれば喜ばれるかなんて、真面目に考えたことなど一度もなかった。
そんな人生を歩んできたことを今更ながら後悔する――が、その間にも刻々と時間は過ぎていく。
ショーウィンドウの前に立ってはみたものの、何が良いのかなど見当もつかないままで。
(どうしよう…此処まで来たんだからとりあえず何か、いやでも…)
「ちょっと、君」
「!」
悩むロニの遥か頭上から振ってきたのは聞きなれない低い声。
思わず勢いよく振り返ると恰幅のよい獣人―がっしりとした見た目からして恐らくイヌ科であろう―が、
不満気に眉を寄せロニを見下ろしていた。
「何も買わないなら、そろそろどいてもらってもいいかな?後がつかえてるんだ」
「!あ…ごめんなさい!すぐにどきます」
…集中していて気づかなかった。
そこまで広くない店内は既に客で溢れ、レジには長蛇の列が形成されていた。
長時間居たにも関わらず何も買わずに出て行くのは少し気が引けたが、こうして店内で悩んでいても邪魔になってしまうだけだ。
一旦作戦の練り直しだ――逃げるようにロニは足早にショップの扉を潜り抜けた。
*****
「はぁ……」
力のない溜息の出所は混雑しているデザートショップから少し歩いた先の脇道。
両脇に高い建物が立つその隙間に、ロニは隠れるようにして壁に凭れ座り込んでいた。
ショップを出て既に30分近く経っている。腕時計を確認すると間もなく夜の7時台に入ろうとしていた。
ゆるりと視線を腕時計からショップに続く道へと移動させてみると、未だに途絶えない買い物客達の姿が捉えられる。
イベント当日ということもあって、平時よりも遅くまで開いているショップの存在は未だに購入できていないロニにとって有難い。
しかし、この時間では仮に贈り物を買えたとしても今日中に渡せるかは…。
焦りと後悔、そしてツメの甘い自分に嫌気がさす。
(贈り物を選ぶのが、こんなに難しいことだったなんて…)
相手の気持ちを察することが出来ないのか、単に観察眼がないのか――買えない原因を思い浮かべては己の無能っぷりを痛感して落ち込む。
皆はあんなにも楽しそうにこのイベントに参加しているというのに。
(あんな強面の獣人だって贈り物を買って、参加してるのに、何で俺は……いや、強面は関係ないか)
去年までの自分なら、だからなんだ?と他人事のように考え、その五分後には忘れ蚊帳の外に戻っていただろう。
そんな自分が――こうして誰かに強い思いを寄せるなんて、今でも自分自身の心境の変化に驚く。
それもこれも、彼の影響か…
(って、いやいや!感傷に浸ってる暇なんてないだろ!)
そんなことより、とにかく彼の好きそうなものを考えるんだ!
種族としては小柄で(それでもロニより若干大きいけれど)、それでも華やかな存在感を放つ白一色の綺麗な毛並みを持つ猫の獣人――ミルク・ティー卿を思い浮かべる。
紅茶の専門店を一人で営み、いつも優しい笑顔で迎え入れてくれる…素敵な紳士だ。
そんな彼に見合う贈り物といえば…。
(やっぱり紅茶に合うものだろうか)
(スコーンとか…いや、ミルク・ティー卿が手作りされてるのが美味しいから、なしだ)
「うーん…お洒落なスプーンとか…いや俺のセンスはあてにならない…」
誰も入ることがないであろう場所故に気が緩んでしまったせいか、ロニの思考は無意識に口から漏れ出し始めた。
「ジャムとか…いやジャムだけ送るくらいならやっぱりスコーンも…」
「ジャムをたっぷりのせたスコーン、美味しいよね」
「ええ、本当に…・・・え?」
あまりにも自然に入った会話に無意識に相槌を打ってから、気づき声のした隣へと顔を上げ視線を向ける。
――幻覚ではないかと、一瞬自分の頭を疑ったが幻覚にしてはあまりにも鮮明な姿を前に、我にかえった。
「や、ロニ。此処で会うなんて偶然だね」
「うわぁっ?!」
どうやら自分が頭を抱えている間に気配なく隣に座ったらしいミルク・ティー卿に、
数秒遅れて理解が追いついたロニは大げさに肩を飛び跳ねさせ、その勢いのまま後ろによろけるとペタリと地面に尻をついた。
そんなロニの様子を見つめるミルク・ティー卿はまるで悪戯が成功したかのように小さくコロコロと笑う。
「ふふ、驚かせて悪かったよ。ロニを見かけたらつい、気持ちが弾んでしまって」
そう言いながら紳士然とした格好にふさわしく、サッと立ち上がり慣れたように彼はロニの前に肉球――掌を差し出す。
一瞬呆気にとられたロニだったがはっとしたように自身も手を重ね、立ち上がらせてもらう。
「いえ…あ、有難うございます」
「ところでロニ、こんなところに座り込んでどうしたんだい?具合でも悪いのかと心配したよ」
「あ、あの…買い物をしていて、ちょっと考え事を…へへ…」
「…ふうん」
もしかしたら今日は贈り物を選ぶのに精一杯で会いに行く時間がないかもしれない、そう考えていた矢先に会えた。
想定していた順序とは逆でまだ渡せる物が手元にはないけれど、それでも出会えたこの偶然にロニは内心で感謝すらした。
(だって会って少し話しただけで、こんなにも気持ちが晴れる)
出来ればもう少しお話したい、そうだ時間は…
とチラリと腕時計を見たところでハッとする。
「!ミルク・ティー卿こそご用事があったんじゃ…?!ていうかまだお仕事されてる時間では…?!す、みません、こんな場所で引き止めてしまって」
「いや、出かける前に店は閉めたし丁度用事が済みそうだから、問題ないよ」
あわわと焦りだすロニとは正反対にミルク・ティー卿は落ち着いた口調で伝える。そして羽織っているマントの中――小脇に抱えていた包みを出すと、それを両手で持ち直した。
「というわけで。はい、どうぞ」
「へ…?」
「いつもロニには話相手になってもらっているから、感謝の気持ちを込めて贈り物」
今日はバレンタインだからね、と付け足して。
普段は大きく丸い瞳をゆっくりと細め、言葉通り「気持ちを込める」ようにミルク・ティー卿は
丁寧かつ上品な動作でロニの前へと包みを差し出した。
「今日渡せないと思っていたから、偶然ロニがいてくれて良かったよ」
「これは……」
「コーヒー豆とチョコだよ。ロニ、うちの紅茶をよく飲んでくれるけど、外では大抵コーヒーを飲んでるだろう?好きなんじゃないかと思って…君の好みに合えばいいのだけど」
「あ、有難う、ございます…」
まさかの出来事だった。
渡すつもりが貰ってしまった。
しかも、自分の好きな物だ。
ミルク・ティー卿に言われたとおり、実を言うとロニはコーヒー派である。
紅茶を飲む習慣がついたのはミルク・ティー卿と知り合って、彼の店で買うようになってから――一それほど経っていないのだ。
自分のことを考えて、こうして贈り物をくれたことは嬉しい。
嬉しいけれど、
自分が小さなことで躓いている間に、彼はどんどん自分に返しきれないものをくれる。
(……いつだって先に差し出されてしまう)
――猫の獣人は総じて、尽くすのではなく尽くされることを好む、らしい。
プライドが高く高貴だ。
それがきっと、ここで彼らと共存している人間側の認識だ。
ミルク・ティー卿と知り合う前のロニもそうだった。
でも彼は、ミルク・ティー卿はロニにとって最早猫や獣人というくくりの範疇ではなくなっている。
(最初の出会いからそうだった。彼は尽くすことを知っていて、俺なんかに優しくて……)
受け取った包みを見つめていると、気持ちが溢れて、つい溜息を吐いてしまった。
どうにかこの気持ちを自分の中で整理して、処理しないと、そう思った。
「はぁ…」
「どうかしたの?」
「いや、俺本当にミルク・ティー卿が好きなんだなって……」
のに――思いっきり、口が滑った。
自分でも何を口走ってしまったのか理解が出来ずフリーズしたロニと、いつも以上に目を丸くしてヒゲが上向きになったミルク・ティー卿が向かい合い数秒、いや数分経過した頃。
「……あ!いや!その、今のは…っ?!」
「ふっ…ふふ、君って奴は本当に…あはは」
また少し遅れて理解が追いついたのだろう――ロニは突如電源を入れられたかのように顔を真っ赤にさせながらも、何とかうまい言い訳を探すもののごちゃごちゃになってしまった脳内ではまともな言葉など紡げず、あたふたとするばかりで。
暫くそんなロニを黙って見つめていたミルク・ティー卿だったが不意に息を吹き出すと、それがトリガーだったかのように、しかし控えめに笑った。
「ご、ごめんなさい…あの、あの…!」
「はは…すこし、待って…」
ロニは不安げに見つめるも、笑いが中々収まらないらしいミルク・ティー卿は口元をマントで隠す。
・・・もしかしてあんな変なことを言って、呆れられただろうか。突然冷や水を浴びせられたかのような後悔と焦りで、
何とか今の発言をリカバリーできないかと更に焦るロニの様子を知ってから知らずか、笑いつかれたかのようにミルク・ティー卿が一息ついた。
「あ、あの、ご、ごめんなさい!本当に、俺、へんなことを言ってばかりで」
「ふ、ふ……はぁー。いや。ああ、ロニ…確認させてもらっていいかい?」
「へ?は、はい…」
今までの楽しそうな笑い声を潜め、口元を隠していたマントを下ろし身を整える。
「君にとって、その「好き」って感情は「変なこと」なのかい?もしかして、後ろめたいこと?」
「え……あ、いや、ええと…」
咄嗟に質問の真意が分からず、口篭ってしまう。
今まで他人を好きになった経験がないロニにとってはこの感情が変か、そうでないかは確信もって答えられない。
ただロニにとっては、自分ですら制御できない感情を向けられるミルク・ティー卿の気持ちを察していたつもりだった。
自分なんかに懐かれて、その上自分にはどうしようも出来ない気持ちを向けられて。
自分じゃなかったらそんなことないと思う。
でもきっと自分からそんなことを言われても困らせるだろうから、これは「変」なのだと自覚することで贖宥状をもらおうとして。
そう、だから引き際は理解しているんです。
制御しきれない感情を、それでも何とか無理やり軌道修正して、彼に嫌われないように努めれば。
そうして距離を保っていれば、これからも優しくしてもらえる。
――ごちゃ混ぜになったロニの気持ちを、ひとつずつ噛み砕き理解でもするかのようにミルク・ティー卿が目を閉じて二度三度、小さく頷いた。
「…ロニはいつも、それはもう驚くくらい素直なのに、こういう時に限って本音を教えてくれないね」
ミルク・ティー卿の感情の見えない声色ひとつでさえ、ロニの中に不安を積もらせる要素としては十分すぎるもので。
「あのっ」
「言い辛いのなら、僕から言ってしまおうか」
なにか気の利くことでも言ってとりあえず今のはなかったことにしないと――まるでロニの思考を見透かすかのように、ロニの言葉は遮られた。
「え…?」
「……」
ミルク・ティー卿はゆっくりと目を開け再びロニを見つめる。
悪戯を仕掛ける子供のように、無邪気な笑顔を浮かべたミルク・ティー卿が口を開く。
理由は分からない、けれど。
その挙動を見逃してはいけない気がして、ロニの視線は彼に釘付けとなった。
種族の違いなど最早忘れてしまうくらいに、見るたびに好きになっていく彼の笑顔が少しだけ近づいてきて、そして彼は囁く。
「ねぇロニ――僕たち、付き合おうか」
今の今まで、表のデザートショップから聞こえる幸福を含んだ明るい声と期待に満ち溢れた足音が途絶えることはなかった。
それらがこの一瞬のうちに自分の――二人の空間から遠ざかっていく感覚を、ロニはただただ呆然と、体感していた。